長崎県忠霊塔本殿の「敵国降伏」扁額の歴史
長崎県忠霊塔の本殿正面上部(拝殿上部)には「敵国降伏(てきこくこうふく)」と書かれた扁額が掲げられている。この扁額は、単なる軍事的勝利を意味するのではなく、徳(道徳や正義)の力によって相手が自ら従うという真の勝利や道義立国を表すものである。
敵国降伏の扁額は、福岡県の筑前国一宮・筥崎宮の楼門にもあり、鎌倉時代には亀山上皇が蒙古襲来の際、国家の安寧を祈って奉納した言葉として知られている。長崎県忠霊塔の扁額は、昭和13年9月に九州日報社(現・西日本新聞社)が筥崎宮の扁額を謹模し、同忠霊塔へ奉納したもの。
読み方は「敵国が降伏する」と解釈され、相手が自発的に服従する様子を示す。武力による無理やりの制圧ではなく、王道に基づく徳の力で導く理念を表す。
長崎県忠霊塔は、県民の総意と勤労奉仕によって昭和9年に建立され、現在は長崎県忠霊塔敬事会や長崎県戦没者慰霊奉賛会などが中心となった奉仕活動によって守られている。まさしく「敵国降伏」の扁額に示される徳の理念が現代に生き、県民一人ひとりの心と行動によって平和と慰霊の精神が受け継がれているのである。